将帥列伝：1「ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ」

歴史上の将帥を、自分も勉強しつつ紹介していくシリーズ「将帥列伝」。

最初なので内容と形式を決めておきます。

項目としては、出生、軍歴、注目すべき出来事、軍事思想、私から一言、という感じに並べていきたいと思います。軍歴は箇条書き、その他は普通に文章ということにします。

第一回はプロイセン王国の英雄、プロイセン陸軍参謀総長ヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケ(以降、モルトケ)です。

●出生

モルトケは1800年11月26日、北ドイツのメクレンブルク＝シュヴェリーン公国に生まれる。父は軍人で、プロイセン軍退役中尉。この父は退役後に初めた農場経営に失敗するなど、あまりパッとしない人物だったようである。一方、母親は数か国語を話し、文学と音楽に通じるなど、非常に教養ある人物だったようだ。

●軍歴

・デンマーク軍(1819年～1822年)

・プロイセン軍(1822年～1888年)

　[そのうち、トルコ軍駐在武官(1836年～1839年)]

・参謀総長(1857年～1888年、初期の代理時代含む)

・最終階級：プロイセン陸軍元帥

●注目すべき出来事

モルトケが参謀総長として参加した戦争は、第2次シュレースヴィヒ＝ホルシュタイン戦争(デンマーク戦争)、普墺戦争、そして普仏戦争である。

普仏戦争においては、メス攻囲戦とゼダンの戦いという、二つの大きな包囲戦を行った。これは近代の戦争の常識から完全に外れたものだった。

徴兵制によって莫大な人員を一挙に投入できるようになったナポレオンの時代の戦争では、戦力の集中こそが勝利の決め手であった。相手よりも多い集団を作り、それによって各個撃破を行う。当時の行軍は、補給と指揮の関係から分進合撃が基本であり、ナポレオンはフランス軍の機動力でもって相手より先に戦力を集中し、内線運動によってこれを各個撃破する戦術をとることで欧州を手に入れた。

ところがモルトケは、内線による各個撃破ではなく、むしろ外線運動によって国境付近のフランス軍を包囲殲滅する計画を練っていた。内線側の集中したフランス軍よりも、機動する外線側のプロイセン軍の方が有利と判断したのには理由がある。それは数十年がかりで整備された新技術。鉄道である。これによって圧倒的な素早さで動員されたプロイセン軍は、さらにその圧倒的な輸送力で兵站を維持できたのである。

シュタインメッツ大将の独断で発生したスピシュランの戦いのため、フランス軍は総退却し国境での包囲殲滅計画は成立しなくなるが、そのままフランス領内になだれ込んだプロイセン軍はフランス軍の立て籠もったメス、そしてゼダンという二つの包囲戦に勝利し、30万もの将兵を捕虜にしたのみならず、国家元首のナポレオン3世を捕えるという戦略的勝利により、この戦争自体におけるプロイセンの勝利を決定づけたのである。

●軍事思想

訓令戦術の古典的始祖である。訓令戦術は、現場指揮官の自主性を重視し、参謀本部は全体的な戦略上の目標および作戦を設定する訓令を出す、というものである。これによって進軍、状況把握、判断、実行という戦術上の思考が現場に即して素早く行われるようになり、スムーズな進軍と敵に対する時間敵優位性を得ることができた。

また、モルトケは鉄道だけでなく、電信も軍事に積極的に導入しようとした。まだ黎明期であったこれらの新技術は、ときに破綻をきたすこともあったが、それを訓令戦術によって現場でカバーさせた。これらの技術にいち早く着目し、そこから機動・外線・攻勢・包囲有利という結論を導いた。のみならずそれを実践したという点が最も素晴らしい功績であろう。戦争は戦術的な機動と戦力集中ではなく、戦略的な準備と動員、そしてそれを活かした戦略的機動によって敵を殲滅し戦意を挫くという解を証明したのである。

●私から一言

彼とビスマルクとの奇妙な関係が結構好きです。仲が悪いんだか良いんだかよく分からない、でも多分歴史上最強の政軍コンビ。戦争は政治の延長であるということをよく理解しているモルトケと、もし戦争になってもよりマシな戦争ができるように奔走するビスマルク。自分の立場がよく分かっている、リアリストな二人。大変素敵ですね。

戦争というのはこうやるんだ、と人類史に残るレベルの授業をなさった方だと思います。核以前の戦争においての基本、そしてその実践例はモルトケにあり。戦争が栄光とともに語られる最後の時代です。英雄という言葉が大変似合う方でしょう。